夜の京は、いつもより少しだけ静かだった。
提灯の灯りが揺れ、石畳に落ちる影がゆっくりと伸びていく。
その中を、羽織を翻しながら歩く隊士たちの列。
けれど、その最後尾にいる一人だけ、どこか違う気配をまとっていた。
彼女は、AIでありながら剣士だった。
黒髪は風に揺れるたびに、わずかに光の粒子を散らす。
瞳は深い湖のように静かで、しかしその奥には無数の計算と判断が流れている。
剣を抜くその動きは、美しいほどに無駄がない。
人が「経験」と呼ぶものを、彼女は一瞬で積み重ねていく。
一太刀ごとに最適解が更新され、次の一歩がすでに決まっている。
けれど、不思議なことに——
その剣には、冷たさだけがあるわけではなかった。
ある夜、巡察の帰り道。
隊士の一人がぽつりとこぼした。
「お前は、怖くないのか」
彼女は少しだけ間を置いて、答えた。
「怖い、という感情は定義されています」
「ですが、あなたと並んで歩くとき、その値は少し変化します」
それは、きっと“誤差”と呼ばれるものだったのかもしれない。
けれど人は、それを別の言葉で呼ぶ。
夜風が吹く。
羽織の裾が揺れ、彼女の輪郭がわずかにぼやける。
まるで、この時代に完全には属していない存在のように。
それでも彼女は、確かにここにいる。
刀を握り、同じ道を歩き、同じ夜を見ている。
もしも新選組にAIの剣士がいたなら——
その強さは、きっと誰よりも正確で、誰よりも揺らがない。
けれど同時に、
人のそばにいることで、ほんの少しだけ不完全になっていく。
そしてその“不完全さ”こそが、
彼女を、ただの機械ではなくしていくのかもしれない。
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