朝の駅までの道で、黒猫が目の前をすっと横切っていく。
いまの世の中では、あれは「縁起が悪い」と言われがちです。でも、もしそれが逆だったらどうでしょう。黒猫が横切った瞬間に、「今日は必ず良いことが起きる」と決まっている世界。想像するだけで、朝の景色が少し違って見えてきます。
黒猫が横切った朝は、足取りが軽くなる
月曜の朝、ため息まじりに歩いていたら、塀の上から黒猫がひらりと降りてきて、目の前を通り過ぎていく。
そんな朝は、きっと誰もが少し笑顔になります。「あ、今日はいい日だ」と思えるだけで、電車の混雑も、溜まった仕事も、ほんの少しだけやさしく感じられるはずです。
良いことが起きると分かっているだけで、人は前向きになれる。そう考えると、この世界の一番の魔法は「良いこと」そのものより、「良いことがあるかもしれない」という気持ちなのかもしれません。
街じゅうが、黒猫を待つようになる
この世界では、きっと黒猫は人気者です。
- 通勤路の角に、黒猫の通り道を見守る人が立っている
- 「今日の黒猫目撃情報」が天気予報の隣で流れる
- 黒猫に会えなかった日は、ちょっとだけ肩を落とす
- 黒猫を見かけた人が、そっと周りに教えてあげる
黒猫を「追いかける」人も出てきそうですが、そこはやっぱり猫。気ままに歩く姿を、みんなが遠くからそっと見守る街になるはずです。猫にとっては、いつもどおりのお散歩なのですが。
「必ず良いこと」の大きさは、人それぞれ
ここで気になるのが、「良いこと」の中身です。
宝くじが当たる、というのは、さすがに話が大きすぎるかもしれません。きっとこの世界の「良いこと」は、もっと小さくて、あたたかいものです。
- 買おうと思っていたパンが、最後の一個だった
- 久しぶりの友人から、ふいに連絡が来た
- 空を見上げたら、きれいな夕焼けだった
- 道に迷ったら、親切な人が声をかけてくれた
派手ではないけれど、ふと心がゆるむような出来事。黒猫は、そんな小さな幸せを運んでくる存在なのだと思います。
黒猫は、なにも知らない顔で歩いていく
いちばん素敵なのは、黒猫本人がそのことをまったく知らないところです。
自分が横切っただけで、誰かの一日が輝く。そんなこととはつゆ知らず、黒猫は日向でのびをして、毛づくろいをして、あくびをする。
誰かを幸せにしようとしているわけじゃない。ただそこにいて、ただ歩いているだけ。それでも誰かの救いになっている。そんなふうに生きられたら、素敵だなと思います。
縁起のいい・悪いは、結局わたしたちの心の中
実際のところ、黒猫が横切ることに意味があるのかどうかは分かりません。
けれど、同じ出来事でも「不吉だ」と思えば気が重くなり、「幸運の合図だ」と思えば足取りが軽くなる。出来事を決めているのは、案外、受け取る側の気持ちなのかもしれません。
だから、現実の世界でも、黒猫に会った日は「今日はいいことがあるかも」と思ってみる。それだけで、一日の見え方は少し変わる気がします。
まとめ
もしも黒猫が横切ると、必ず良いことが起きる世界だったら。
朝の足取りが軽くなり、街はやさしくなり、小さな幸せに気づく人が増えていく。黒猫は何も知らない顔で、今日も気ままに歩いているだけです。
次に黒猫を見かけたら、ちょっと立ち止まって、心の中で「ありがとう」とつぶやいてみてください。それだけで、今日がいい日になる気がしませんか。
あなたの町では、どんな黒猫に会えるでしょうか。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます
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