朝、会社に着くと、社長室のいちばん日当たりのいい場所に、社長がもう座っている。
丸くなって、目は半分だけ開いている。社長の名前は「ミケ」。三毛猫である。
「おはようございます、社長」と挨拶しても、返事はない。しっぽの先がぴくっと動くだけだ。でも、社員はみんな知っている。あれは「うむ、おはよう」の意味だ。
朝礼は、だいたい三十秒で終わる
朝礼はとても短い。社長が壇上(という名の、棚の上)に登り、全社員を見渡して、あくびをする。
「……ニャ」
以上である。
この「ニャ」の解釈が、朝いちばんの重要な仕事だ。今日の「ニャ」は語尾が少し上がっていたから、「今日は穏やかに過ごせ」ということらしい。先週の「ニャ」は低くて短かったから、全員が緊張して資料を三回見直した。
社員同士はよく言い合っている。「社長の『ニャ』、今日は何点だった?」。たぶん、人間の会社の「朝礼の訓示」より、ずっとわかりやすい。
会議は、社長の気分で始まり、社長の気分で終わる
会議室に社長が入ってくる。テーブルの上に、ひょい。
社員がプレゼンの資料を広げているのに、社長はその資料の真ん中にどっかりと座り込む。画面は隠れる。数字は見えない。
「社長、そこ、売上のグラフでして……」
「……」
社長は、のんびり毛づくろいを始める。
誰も、どかしてほしいとは言わない。むしろ、全員がこう思っている。
「この会議、無理に結論を出さなくていいかもしれない」
不思議なことに、猫社長の会議は、ほとんど荒れない。怒鳴る人もいないし、延々と続く議論もない。社長が眠くなったら、そこで終わり。だから会議は、いつも予定より早く終わる。
評価制度は、とてもシンプル
人事評価はこうだ。
- 社長の膝に乗られた人は、評価が高い
- 社長にお気に入りの場所を提供できた人も、評価が高い
- 社長のごはんを、遅れずに出せた人は、とても評価が高い
売上や成績表より、「社長が心地よく過ごせたか」が大事にされる。人間社会の目で見るとちょっとおかしいけれど、働く側からすると、実はわかりやすい。何を頑張ればいいかが、はっきりしているのだから。
社長の「気まぐれ」が、会社を守っている
猫社長の最大の特徴は、気まぐれなことだ。
大事な契約の日に限って、社長は朝からいない。探すと、倉庫の段ボールの中で寝ている。
「社長、今日は商談が……」
そう伝えても、社長は動かない。結局、社員だけで商談に行くしかない。
ところが、そういう日に限って、商談はなぜかうまくいく。社長がいない分、社員がそれぞれ自分の頭で考え、自分の言葉で話すからだ。
気まぐれな社長は、実は「任せる」ことがとても上手な人なのかもしれない。
定時になると、社長は消える
夕方、窓の外が少し赤くなってくる頃、社長はすっと立ち上がる。
そして、どこかへ消える。
定時の合図は、社長がいなくなること。それが、この会社のルールだ。
「社長が帰ったので、私たちも帰りましょう」
不思議なことに、残業をする人がほとんどいない。社長が先に帰ってしまうから、誰も「帰りづらい空気」を感じなくて済む。
人間の上司が最後まで残っている会社では、なかなか起こらないことだ。
猫が社長の会社は、案外、悪くないかもしれない
ここまで書いてみて、思った。
猫が社長の会社は、たしかにめちゃくちゃだ。会議は進まないし、方針は「ニャ」だけだし、肝心なときに社長は寝ている。
それでも、そこで働く人たちは、ちょっと穏やかな顔をしている気がする。
怒られない。比べられない。「頑張れ」と圧をかけられない。ただ、同じ空間に社長がいて、のんびりしている。それを見ているだけで、肩の力が少し抜けていく。
もしも本当に、猫が社長になる日が来たら。
人間は、少しだけ、優しくなれるのかもしれません。
そんなことを考えながら、今日も窓際で眠っている猫を、そっと眺めています。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます
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