長坂の戦場には、終わりの見えない砂煙が立ち込めていた。
折れた槍、倒れた軍旗、逃げ惑う人々。
その混乱の中を、一騎の白馬がまっすぐに駆け抜けていく。
馬上にいるのは、白銀の鎧をまとった趙雲だった。
腕には幼い阿斗を抱き、もう片方の手には一本の槍が握られている。
敵兵が幾重にも道を塞いでも、趙雲の足は止まらなかった。
それは勇敢だからではない。
自分の命よりも、守ると決めた命のほうが重かったからだ。
もしも、そんな趙雲が神格化されたなら。
彼は戦いを求める荒々しい軍神ではなく、弱き者の前に立つ守護神になるのかもしれない。
白銀の鎧には一つの汚れもなく、長い白布が風に揺れる。
手にした龍の槍は、敵を倒すためではなく、大切な者へ伸びる災いを退けるためのものだった。
趙雲が白馬を進めるたび、戦場を覆っていた黒い雲が左右に割れていく。
空から差し込む青白い光は、彼の進む道だけを静かに照らした。
敵の矢は届く前に光となって消え、燃え上がる炎も白馬の足元では鎮まっていく。
その背後には、傷ついた兵士や逃げ遅れた民たちが集まっていた。
趙雲は振り返らない。
ただ前を見つめ、誰一人として置き去りにしない速度で進み続ける。
神となっても、彼は高い玉座には座らないだろう。
豪華な宮殿で祈りを待つこともない。
助けを求める声が聞こえれば、白馬とともに嵐の中へ現れる。
絶望に囲まれ、もう逃げ道がないと思ったとき。
遠くから白い軍旗が見え、地面を揺らす馬の足音が近づいてくる。
そして白銀の神将は、静かに槍を構える。
「ここから先へは、一歩も通さぬ」
その言葉には、怒りも誇りもなかった。
ただ、守ると決めた者の揺るがない覚悟だけがあった。
趙雲が神格化された世界では、勇気とは敵を恐れないことではない。
恐怖の中でも、大切な誰かを見捨てないことなのだろう。
白馬に乗った守護神は、今日も戦場の向こうへ駆けていく。
名誉のためでも、勝利のためでもない。
たった一つの命を、無事に未来へ届けるために。
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