2026年7月14日火曜日

もしも花火大会でバグが発生したら

もしも花火大会でバグが発生したら

夏の夜、町でいちばん大きな花火大会が始まろうとしていた。

川沿いには屋台が並び、焼きそばの香りと、子どもたちの楽しそうな声が広がっていた。

浴衣姿の人々は夜空を見上げながら、最初の一発が打ち上がる瞬間を待っている。

やがて、川の向こうから低い破裂音が響いた。

一筋の光が暗い空へ昇り、大きな花火が開いた。

赤、青、金色の光が夜空いっぱいに広がり、少し遅れて大きな音が町を揺らす。

誰もが歓声を上げた、その直後だった。

夜空に咲いた花火が、消えなかった。

普通なら数秒で消えるはずの光が、空に貼り付いたように動きを止めている。

次の花火も打ち上がった。

しかし、その花火も開いた瞬間に止まり、最初の花火と並んで夜空に残り続けた。

三発目、四発目、五発目。

花火が上がるたび、空には色鮮やかな光の模様が増えていく。

「今年は、こういう演出なのかな」

誰かが笑いながら言った。

けれど、会場に流れていた音楽は同じ数秒間を繰り返し始めていた。

太鼓の音が途中で途切れ、少し前に戻り、また同じ場所で途切れる。

屋台の提灯は不規則に点滅し、川の水面には存在しないはずの文字や四角い光が浮かび始めた。

そのとき、夜空に残っていた花火が一斉に揺れた。

丸い形が崩れ、細かな光の粒が四角い欠片へ変わっていく。

まるで空そのものが壊れ、向こう側から別の景色が漏れ出しているようだった。

花火の隙間には、昼間の青空が見えていた。

別の場所には満天の星が広がり、さらに遠くには、見たこともない巨大な町の明かりが浮かんでいる。

同じ夜空の中に、いくつもの時間と景色が混ざり始めていた。

人々の歓声は消え、会場には不安そうなざわめきだけが残った。

スマートフォンを空へ向けても、画面には花火が映らない。

代わりに表示されていたのは、真っ暗な空と、短い一文だった。

「この夏は、すでに終了しました」

誰かのスマートフォンから、同じ文章を読み上げる機械音声が聞こえた。

すると、空に残っていた花火が一つずつ消え始めた。

赤い花火が消えると、屋台からリンゴ飴が消えた。

青い花火が消えると、川の流れる音が聞こえなくなった。

金色の花火が消えると、人々の浴衣から色が抜け落ちた。

花火が消えるたびに、夏の夜を作っていたものが一つずつ失われていく。

最後に残ったのは、空の中央に浮かぶ小さな白い花火だった。

それは派手に輝くことも、大きな音を立てることもなく、静かに瞬いていた。

会場にいた一人の子どもが、その花火へ向かって手を振った。

「まだ終わってないよ」

その声が聞こえた瞬間、白い花火はゆっくりと大きく広がった。

消えていた川の音が戻り、屋台の明かりが再びともる。

夜空に混ざっていた別の時間や景色も、光の向こうへ吸い込まれるように消えていった。

そして何事もなかったかのように、次の花火が打ち上がった。

人々はもう一度歓声を上げたが、誰も先ほどの出来事について話そうとはしなかった。

ただ、花火大会が終わったあとも、何人かのスマートフォンには同じ通知が残っていた。

「夏の終了処理を中断しました」

もしかすると、あの夜に発生したバグは、夏を終わらせるためのものだったのかもしれない。

そして私たちは、知らないうちに、もう少しだけ夏を延長してしまったのだ。


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