2026年2月24日火曜日

もしも明日日本円の価値が0になったら

朝、コンビニに入っても、
レジの表示がただの数字の羅列に見える日。

もしも明日、
日本円の価値が本当に0になったら。

財布の中の紙幣も、
銀行口座の残高も、
ただの記録に変わる。

「安心」という見えないものが、
一瞬で崩れる。

けれど考えてみる。
お腹が空くことは変わらないし、
水を飲めば喉は潤う。
太陽は昇り、
夜はちゃんと暗くなる。

通貨は約束だ。
みんなが信じているという、
大きな約束。

その約束が壊れたとき、
人は何を信じるのだろう。

物々交換だろうか。
スキルだろうか。
信頼関係だろうか。

たぶん最後に残るのは、
「この人なら大丈夫」という感覚なのかもしれない。

お金が0になっても、
人の価値まで0になるわけではない。

料理ができる人、
直すことが得意な人、
話を聞くのが上手な人。

見えない通貨は、
きっとそこに生まれる。

それでも、正直に言えば怖い。
数字が消えることは、
未来の計画が消えることでもあるから。

でも同時に思う。
私たちは、
本当に数字だけで生きていたのだろうか、と。

もしも明日、日本円の価値が0になったら。

世界は混乱するだろう。
けれど、誰かがパンを焼き、
誰かが電気を直し、
誰かが言葉を書き続ける。

通貨は消えても、
営みは消えない。

そう思うことで、
今日という一日が、
少しだけ現実味を取り戻す。

価値とは、
本当はどこにあるのか。

そんなことを考えながら、
私は静かに財布を閉じた。

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