朝、コンビニに入っても、
レジの表示がただの数字の羅列に見える日。
もしも明日、
日本円の価値が本当に0になったら。
財布の中の紙幣も、
銀行口座の残高も、
ただの記録に変わる。
「安心」という見えないものが、
一瞬で崩れる。
けれど考えてみる。
お腹が空くことは変わらないし、
水を飲めば喉は潤う。
太陽は昇り、
夜はちゃんと暗くなる。
通貨は約束だ。
みんなが信じているという、
大きな約束。
その約束が壊れたとき、
人は何を信じるのだろう。
物々交換だろうか。
スキルだろうか。
信頼関係だろうか。
たぶん最後に残るのは、
「この人なら大丈夫」という感覚なのかもしれない。
お金が0になっても、
人の価値まで0になるわけではない。
料理ができる人、
直すことが得意な人、
話を聞くのが上手な人。
見えない通貨は、
きっとそこに生まれる。
それでも、正直に言えば怖い。
数字が消えることは、
未来の計画が消えることでもあるから。
でも同時に思う。
私たちは、
本当に数字だけで生きていたのだろうか、と。
もしも明日、日本円の価値が0になったら。
世界は混乱するだろう。
けれど、誰かがパンを焼き、
誰かが電気を直し、
誰かが言葉を書き続ける。
通貨は消えても、
営みは消えない。
そう思うことで、
今日という一日が、
少しだけ現実味を取り戻す。
価値とは、
本当はどこにあるのか。
そんなことを考えながら、
私は静かに財布を閉じた。
0 件のコメント:
コメントを投稿