2026年7月4日土曜日

もしも空でバグが発生したら


ある日の夕方、空が少しだけ止まっていた。

雲は流れているはずなのに、同じ形のままそこに浮かんでいた。
鳥は羽ばたいているのに、まるで透明な壁にぶつかったみたいに、空の途中で同じ場所を回っていた。

最初は、目の疲れかと思った。
スマホの見すぎかもしれない。
夕焼けがまぶしすぎるだけかもしれない。

けれど、空の端を見たとき、私は息を止めた。

青と橙のグラデーションが、途中で四角く切れていた。
まるで画像の読み込みに失敗したみたいに、空の一部だけが粗いモザイクになっている。

そこだけ、世界がうまく表示されていなかった。

電線の向こうで、雲が一瞬だけ巻き戻る。
さっき通り過ぎたはずの飛行機雲が、また同じ場所に現れる。
夕日が沈みかけたと思ったら、少しだけ上に戻る。

空で、バグが発生していた。

でも、不思議と怖くはなかった。

街はいつも通りだった。
自転車のベルが鳴り、コンビニの明かりがつき、遠くで電車の音がした。
誰かの家から夕飯の匂いが流れてきて、信号は何事もないように赤から青へ変わった。

壊れているのは、空だけだった。

それでも人は、あまり上を見ない。
足元の段差を気にして、スマホの通知を気にして、明日の予定を気にして歩いていく。
こんなにも大きな異常が頭上に広がっているのに、ほとんどの人は気づかない。

私は歩道橋の上で立ち止まり、空を見上げた。

欠けた空の向こう側には、何があるのだろう。
世界の裏側だろうか。
それとも、誰かがこの世界をそっと修正している途中なのだろうか。

モザイクの空は、ゆっくりと元に戻っていった。
四角く乱れていた夕焼けが、少しずつなめらかになり、雲は何もなかったように流れ始める。
鳥もまた、普通の空へ戻っていく。

けれど私は、もう前と同じようには空を見られなかった。

青空も、夕焼けも、夜空の星も。
当たり前にそこにあるようで、本当は毎日きちんと表示されている奇跡なのかもしれない。

もしも空でバグが発生したら。

それは世界の終わりではなく、世界がまだ動いている証拠なのかもしれない。

たまにはスマホをしまって、空を見上げてみる。
そこに何も起きていなくても、それだけで少しだけ、見慣れた世界が不思議に見える。


ここまで読んでくれて、ありがとうございます

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