2026年7月5日日曜日

もしも夜空でバグが発生したら

もしも夜空でバグが発生したら

夜、ふと空を見上げた。

いつものように、黒い布の上に小さな星が散らばっているはずだった。

けれどその夜の空は、少しだけおかしかった。

星がまたたくのではなく、点いたり消えたりしていた。

まるで誰かが、遠い宇宙の画面を何度も読み込み直しているみたいだった。

月の輪郭も、どこか不自然だった。

丸いはずの月の端が、四角く欠けていた。

雲が流れるたびに、その欠けた部分だけが遅れてついてくる。

空全体が、静かにずれている。

そんな気がした。

街はいつも通りだった。

コンビニの明かりは白く光り、信号は赤から青へ変わり、遠くでは車の音が流れていた。

誰も空の異常に気づいていないようだった。

見上げているのは、自分だけだった。

夜空の一部に、細い線が走った。

流れ星かと思った。

けれどそれは落ちていくのではなく、空に引かれた傷のように、その場で止まっていた。

次の瞬間、その線のまわりだけ星の位置がずれた。

星座が、少し違う形になった。

知っているはずの夜空が、知らない地図に変わっていく。

怖いというより、不思議だった。

世界はこんなにも静かに壊れるのかと思った。

大きな音もない。

誰かの叫び声もない。

ただ、空だけが間違えている。

電線の向こうで、星が一つ増えた。

その星は他の星より少し明るく、青白く揺れていた。

見つめていると、それは星ではなく、小さな窓のようにも見えた。

そこから、別の夜空がこちらをのぞいているようだった。

もしも夜空でバグが発生したら。

それはきっと、世界の終わりの始まりではない。

いつも当たり前だと思っていたものが、本当はとても繊細に保たれていたと気づく夜なのだと思う。

毎日同じように見える空。

毎晩そこにある月。

遠くで小さく光る星。

その全部が、少しでもずれた瞬間に、日常は急に知らない場所になる。

けれど、空のバグを見つめているうちに、少しだけ思った。

もしかしたら世界は、完璧だから美しいのではないのかもしれない。

少しずれて、少し欠けて、ときどき間違えるからこそ、そこに物語が生まれるのかもしれない。

やがて、四角く欠けていた月の端が、ゆっくり元に戻っていった。

止まっていた流れ星の線も、夜の中へ溶けて消えた。

星座はまた、見慣れた形に戻っていた。

何もなかったように、夜空は静かだった。

でも、もう同じ空には見えなかった。

あの一瞬、世界の裏側を見てしまった気がした。

それから夜空を見上げるたびに、少しだけ探してしまう。

星の位置がずれていないか。

月の輪郭が乱れていないか。

空のどこかに、小さなバグが残っていないか。

もしもまた見つけたら、今度は怖がらずに見つめてみたい。

この世界が、ほんの少しだけ秘密を見せてくれる夜を。


ここまで読んでくれて、ありがとうございます

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