夜、ふと空を見上げた。
いつものように、黒い布の上に小さな星が散らばっているはずだった。
けれどその夜の空は、少しだけおかしかった。
星がまたたくのではなく、点いたり消えたりしていた。
まるで誰かが、遠い宇宙の画面を何度も読み込み直しているみたいだった。
月の輪郭も、どこか不自然だった。
丸いはずの月の端が、四角く欠けていた。
雲が流れるたびに、その欠けた部分だけが遅れてついてくる。
空全体が、静かにずれている。
そんな気がした。
街はいつも通りだった。
コンビニの明かりは白く光り、信号は赤から青へ変わり、遠くでは車の音が流れていた。
誰も空の異常に気づいていないようだった。
見上げているのは、自分だけだった。
夜空の一部に、細い線が走った。
流れ星かと思った。
けれどそれは落ちていくのではなく、空に引かれた傷のように、その場で止まっていた。
次の瞬間、その線のまわりだけ星の位置がずれた。
星座が、少し違う形になった。
知っているはずの夜空が、知らない地図に変わっていく。
怖いというより、不思議だった。
世界はこんなにも静かに壊れるのかと思った。
大きな音もない。
誰かの叫び声もない。
ただ、空だけが間違えている。
電線の向こうで、星が一つ増えた。
その星は他の星より少し明るく、青白く揺れていた。
見つめていると、それは星ではなく、小さな窓のようにも見えた。
そこから、別の夜空がこちらをのぞいているようだった。
もしも夜空でバグが発生したら。
それはきっと、世界の終わりの始まりではない。
いつも当たり前だと思っていたものが、本当はとても繊細に保たれていたと気づく夜なのだと思う。
毎日同じように見える空。
毎晩そこにある月。
遠くで小さく光る星。
その全部が、少しでもずれた瞬間に、日常は急に知らない場所になる。
けれど、空のバグを見つめているうちに、少しだけ思った。
もしかしたら世界は、完璧だから美しいのではないのかもしれない。
少しずれて、少し欠けて、ときどき間違えるからこそ、そこに物語が生まれるのかもしれない。
やがて、四角く欠けていた月の端が、ゆっくり元に戻っていった。
止まっていた流れ星の線も、夜の中へ溶けて消えた。
星座はまた、見慣れた形に戻っていた。
何もなかったように、夜空は静かだった。
でも、もう同じ空には見えなかった。
あの一瞬、世界の裏側を見てしまった気がした。
それから夜空を見上げるたびに、少しだけ探してしまう。
星の位置がずれていないか。
月の輪郭が乱れていないか。
空のどこかに、小さなバグが残っていないか。
もしもまた見つけたら、今度は怖がらずに見つめてみたい。
この世界が、ほんの少しだけ秘密を見せてくれる夜を。
ここまで読んでくれて、ありがとうございます
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