2026年7月16日木曜日

もしも三国志の趙雲を神格化したら

もしも三国志の趙雲を神格化したら

長坂の戦場には、終わりの見えない砂煙が立ち込めていた。

折れた槍、倒れた軍旗、逃げ惑う人々。

その混乱の中を、一騎の白馬がまっすぐに駆け抜けていく。

馬上にいるのは、白銀の鎧をまとった趙雲だった。

腕には幼い阿斗を抱き、もう片方の手には一本の槍が握られている。

敵兵が幾重にも道を塞いでも、趙雲の足は止まらなかった。

それは勇敢だからではない。

自分の命よりも、守ると決めた命のほうが重かったからだ。

もしも、そんな趙雲が神格化されたなら。

彼は戦いを求める荒々しい軍神ではなく、弱き者の前に立つ守護神になるのかもしれない。

白銀の鎧には一つの汚れもなく、長い白布が風に揺れる。

手にした龍の槍は、敵を倒すためではなく、大切な者へ伸びる災いを退けるためのものだった。

趙雲が白馬を進めるたび、戦場を覆っていた黒い雲が左右に割れていく。

空から差し込む青白い光は、彼の進む道だけを静かに照らした。

敵の矢は届く前に光となって消え、燃え上がる炎も白馬の足元では鎮まっていく。

その背後には、傷ついた兵士や逃げ遅れた民たちが集まっていた。

趙雲は振り返らない。

ただ前を見つめ、誰一人として置き去りにしない速度で進み続ける。

神となっても、彼は高い玉座には座らないだろう。

豪華な宮殿で祈りを待つこともない。

助けを求める声が聞こえれば、白馬とともに嵐の中へ現れる。

絶望に囲まれ、もう逃げ道がないと思ったとき。

遠くから白い軍旗が見え、地面を揺らす馬の足音が近づいてくる。

そして白銀の神将は、静かに槍を構える。

「ここから先へは、一歩も通さぬ」

その言葉には、怒りも誇りもなかった。

ただ、守ると決めた者の揺るがない覚悟だけがあった。

趙雲が神格化された世界では、勇気とは敵を恐れないことではない。

恐怖の中でも、大切な誰かを見捨てないことなのだろう。

白馬に乗った守護神は、今日も戦場の向こうへ駆けていく。

名誉のためでも、勝利のためでもない。

たった一つの命を、無事に未来へ届けるために。


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