ある朝、いつも通りに目を覚ますと、世界が少しだけおかしくなっていました。
時計の針は進んでいるのに、外の空は昨日の夕方のまま。
道を歩く人の影だけが、本人より少し遅れてついてきます。
信号は赤でも青でもなく、見たことのない白い光をぼんやり灯していました。
最初は寝ぼけているのかと思いました。
けれど、コンビニの自動ドアが開いたり閉じたりを繰り返し、カラスが同じ鳴き声を三回続けたところで、これは自分だけの勘違いではない気がしてきました。
もしも世界にバグが発生したら、人はまず不安になるのだと思います。
空の色が少しずれる。
水たまりに映る景色だけが夜になる。
スマホの画面には、送っていないはずの「大丈夫」という文字が表示される。
そんな小さな異常が重なって、当たり前だと思っていた日常が、実はとても不思議な仕組みで動いていたことに気づきます。
世界のバグは、怖いだけではありません。
駅前の花壇では、枯れかけていた花が何度も咲き直していました。
古い写真の中の人が、ほんの少しだけこちらを見て笑ったように見えました。
忘れていた思い出が、通知のように心の中へ届くこともありました。
もしかすると、世界のバグとは、壊れた証拠ではなく、普段は見えない裏側が少しだけ表に出てしまった状態なのかもしれません。
完璧に見える毎日にも、実は小さなズレや、言い残した言葉や、戻れない時間がたくさん隠れています。
そのバグに気づいたとき、人は少しだけ立ち止まります。
いつも通りの朝。
いつも通りの道。
いつも通りに見えていた世界。
それが本当は、とても奇跡のようなものだったと知るのです。
もしも世界にバグが発生したら、私はまず空を見上げると思います。
雲の形が少し崩れていても、太陽の光が一瞬だけ遅れて届いても、それでも世界は続いていきます。
そしてきっと、人はそのおかしな世界の中でも、ご飯を食べて、誰かを心配して、明日の予定を考えるのだと思います。
世界が少し壊れても、日常を続けようとする心は、意外と強いのかもしれません。
バグだらけの空の下で、今日も誰かが「おはよう」と言う。
その声だけは、いつもの世界と同じように、やさしく聞こえました。
ここまで読んでくれて、ありがとうございます
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