2026年4月27日月曜日

もしも天狗がいたら

もしも天狗がいたら

もしも本当に天狗がいたら、
人は山を、もう少し静かに見るようになるのかもしれない。

ただ木が生えている場所ではなく、
ただ登って下りる場所でもなく、
そこには人間ではない何かが、
昔からずっと息をしている。

そんなふうに思うだけで、
山の空気は少し変わって見える。

天狗という存在は、
怖いだけではない。

人を迷わせるものでもあり、
人を試すものでもあり、
時には誰かを導くものでもある。

もしも夜の山道で、
木々の奥から羽音のような音が聞こえたら、
それは風ではないのかもしれない。

高い杉の枝の上から、
こちらをじっと見下ろしている影がある。

赤い顔。
鋭い目。
黒い翼。
人のようで、人ではない姿。

けれど、そこにあるのは、
ただの化け物の気配ではない。

長い時間、山を守ってきたものだけが持つ、
静かな威厳のようなものがある。

もしも天狗がいたら、
人間の小さな嘘や弱さなど、
すぐに見抜かれてしまう気がする。

強く見せようとしている心も、
本当は逃げ出したい気持ちも、
全部、山の闇の中で見透かされる。

だから天狗は、
人に力を与える前に、
まずその人の心を見るのかもしれない。

技を教えるのではなく、
覚悟があるかを試す。

強さがほしいのか。
それとも、ただ誰かに勝ちたいだけなのか。

その違いを、
天狗は黙って見ている。

牛若丸が天狗から武術を教わったという話も、
ただ不思議な昔話では終わらない。

そこには、
孤独な少年が、山の中で何かに出会い、
自分の運命を少しずつ変えていくような、
静かな物語がある。

もしも天狗がいたら、
人間を甘やかしてはくれないと思う。

けれど、逃げずに立つ者には、
ほんの少しだけ道を見せてくれる。

暗い山道の向こうに、
次に踏み出す一歩を示すように。

天狗は、山の奥にいる怪異であり、
同時に、人の中に眠る強さを呼び起こす存在でもある。

もしも本当に天狗がいたら、
この世界は少しだけ怖くなり、
少しだけ深くなる。

見えないものを、
完全には笑えなくなる。

山の風が強く吹いたとき、
ふと空を見上げてしまう。

もしかすると、
その雲の向こうで、
誰かがこちらを見ているのかもしれない。

そう思えるだけで、
ただの風景だった山は、
物語の入口に変わる。



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