2026年5月21日木曜日

もしも織田信長がすさまじい稲光を見ていたら、何を思うのだろうか?

もしも織田信長がすさまじい稲光を見ていたら

もしも織田信長が、
荒れ狂う海の前で、
すさまじい稲光を見ていたら、
何を思うのだろうか。

空は裂けていた。

黒い雲は幾重にも重なり、
海は牙をむくように波を立て、
その真ん中へ、
一本の巨大な光が落ちていた。

人の手では、
どうにもならない力。

城も、兵も、槍も、鉄砲も、
その光の前では、
ただ小さなものに見えたかもしれない。

信長は、
その稲光を恐れただろうか。

もしかすると、
恐れたのかもしれない。

けれど、
その恐れを顔には出さず、
ただ黙って見上げていた気がする。

この世には、
人間の力を超えたものがある。

だが、
それでも人は前へ進む。

信長という男は、
そういうものを見たとき、
逃げるより先に、
考えてしまう人だったのではないだろうか。

あの光は、
天の怒りなのか。

それとも、
時代が裂ける音なのか。

海を照らす稲光を見ながら、
信長は思ったかもしれない。

世を変えるとは、
この雷のようなものなのだと。

一瞬で闇を切り裂き、
見えなかったものを照らし、
眠っていた者たちを震え上がらせる。

ただし、
光が走ったあとの空には、
必ず深い闇が残る。

信長が見ていたのは、
稲光だけではなかったのかもしれない。

その先にある、
自分自身の運命を見ていたのかもしれない。

人に恐れられ、
人に憎まれ、
人に必要とされ、
そして時代の真ん中に立つ。

波が足元まで押し寄せても、
信長は動かなかった。

刀を手にしたまま、
黒い背中を雷に照らされながら、
ただ空を見ていた。

もしかすると、
彼はこう思っていたのかもしれない。

「天が裂けるなら、
その裂け目から新しい世を見てやる」

すさまじい稲光は、
ただの自然現象ではなく、
信長の中にある野心そのもののようにも見える。

暗い海。
荒れる波。
裂ける空。

そのすべてを前にして、
小さな人間の影が立っている。

けれど、
その影は弱く見えない。

むしろ、
雷に向かって立つその姿には、
人間というものの怖さがある。

自然は巨大だ。
時代も巨大だ。
運命も巨大だ。

それでも、
人はその前に立つことがある。

もしも織田信長が、
すさまじい稲光を見ていたら。

彼はきっと、
ただ恐れるだけでは終わらなかった。

その光の中に、
滅びの気配と、
新しい世のはじまりを、
同時に見ていたのだと思う。


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