2026年2月25日水曜日

もしも言葉が消えた世界になったら

もしも言葉が消えたら、世界はどんな風景になるのだろうか。
朝のニュースも、友人との会話も、ただの音や光の連なりに変わるのだろうか。
誰かが笑っていても、それが何に対する笑いなのか、もう伝わらない。

文字も消える。書き置きも、本も、スマホのメッセージも意味を持たなくなる。
誰かが心に抱く感情も、ただの波として漂うだけで、それを形にする手段は失われる。
世界は静かになるかもしれない。しかし同時に、意味の迷子が増える。

絵や音楽はどうだろう。言葉がなくても、感覚や感情は残るはずだ。
目で見て、耳で聞く。体で感じる。言葉のない世界では、それが唯一のコミュニケーションになる。
ただ、誤解も増えるかもしれない。笑顔は喜びか、それとも皮肉か。涙は悲しみか、それとも解放か。

もしかすると、言葉が消えたことで、人はより丁寧に世界を観察するようになるかもしれない。
声に出さず、文字にせずとも、互いの気配や表情から理解し合う力が育つ。
沈黙の中で交わされる心のやり取りは、言葉よりも豊かで微細かもしれない。

でも、言葉がなかったら、物語も歴史も、知識も、ほとんど残らない。
人々は一瞬一瞬を生きることしかできなくなるだろう。
それは自由かもしれないし、孤独かもしれない。

言葉の消えた世界は、静かで美しいかもしれない。
しかし、私たちが言葉を紡ぐことで生きてきた意味も、静かに消えていく。

だから、今日も私は、声に出して、文字にして、誰かに伝えようと思う。
言葉があるということだけでも、奇跡なのだから。

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