2026年2月24日火曜日

もしも働かなくてもいい世の中になったら

朝、目覚ましが鳴らない世界を想像してみる。

時間に追われず、満員電車に揺られることもなく、
「今日は何時からだっけ」と考える必要もない。

もしも本当に、働かなくてもいい世の中になったら。

きっと最初の数日は、祝日のように軽やかだろう。
平日の昼間に散歩をして、
カフェでゆっくり本を読み、
空がこんなに広かったのかと気づく。

でも、少し時間が経つと、
人はきっと問い始める。

自分は何のために起きるのだろう、と。

働くことは、生活のためだけではなく、
社会との接点だったのかもしれない。
誰かに必要とされる感覚や、
小さな達成感や、
「今日も終わった」という区切り。

それが消えたとき、
自由は本当に自由のままでいられるのだろうか。

もしかしたら人は、
結局なにかを始めるのだと思う。

畑を耕す人もいれば、
文章を書く人もいる。
楽器を触る人もいるし、
誰かの話をただ聞く人もいる。

義務ではなく、
自分の内側から湧いてくる衝動で。

働かなくてもいい世の中になったとしても、
人はきっと「何かをする」。

それはもう、仕事ではないのかもしれない。
けれど、誰かの役に立った瞬間、
それは名前を変えただけの“仕事”になるのだろう。

もしもそんな未来が来たら、
私はたぶん、
今日とあまり変わらず、
こうして文章を書いている気がする。

締め切りもなく、
評価もなく、
ただ、書きたいから書く。

それがいちばん豊かな働き方なのかもしれないと、
少しだけ思った夜だった。

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