もしも日本が、本当に「幸せな国」だったら。
朝のニュースは、不安よりも希望を多く流すだろうか。
満員電車の中で、ため息の数は少し減るだろうか。
幸せな国とは、いったい何だろう。
お金持ちが多い国だろうか。
世界一の経済大国だろうか。
それとも、誰かが失敗しても、
もう一度やり直せる空気がある国だろうか。
もしも日本が幸せな国だったら、
子どもたちは「将来が不安」ではなく、
「将来が楽しみ」と言うのかもしれない。
大人たちは、仕事の愚痴よりも、
今日あった小さな良いことを話すのかもしれない。
SNSは、誰かを責める言葉より、
誰かを支える言葉であふれるだろうか。
地方と都市のあいだにある温度差も、
北と南の見えない溝も、
少しはやわらいでいるだろうか。
幸せな国とは、
完璧な国ではないはずだ。
問題がゼロの国なんて、きっと存在しない。
それでも、
「この国で生きていける」と思える安心。
「明日は今日より悪くならない」と思える信頼。
それが広がっている国を、
幸せな国と呼ぶのかもしれない。
もしも日本が幸せな国だったら、
私たちはもっと他人に優しくなれるだろうか。
それとも、
まず私たちが少し優しくなることで、
日本は幸せな国に近づくのだろうか。
国の幸せは、誰かが上から与えるものではなく、
一人ひとりの心の温度の合計なのかもしれない。
もしも、ではなく、
少しでも、に変えられたなら。
そんな未来を想像しながら、
今日もこの国で静かに息をしている。
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