肩までお湯に沈めて、「あぁ〜」と声が漏れる。温泉に入った瞬間って、なぜか全員が同じ声を出しますよね。
そのとき、ふと思ったんです。
もしこの湯気の中で、一日だけ時間が止まったら、どうなるんだろう。
今日はそんな「もしも」を、のんびり湯船につかる気分で書いてみます。
止まるのは世界じゃなくて、湯気の中だけ
まず設定から。時間が止まると言っても、世界が全部ストップするわけではありません。止まるのは、温泉の湯気がふわっと立ちのぼっている、あの白いもやもやの中だけ。
湯気の外では、いつも通り時間が流れています。電車は走るし、メールは届くし、洗濯物も乾いていく。
でも湯気の中にいる間だけは、時計の針が動かない。
想像しただけで、ちょっとずるいですよね。
最初にやること:スマホを持ち込まない
時間が止まるなら、スマホを見る意味がありません。通知も、未読のメッセージも、全部「止まったまま」です。
だから、まず防水ケースに入れたスマホを脱衣所のロッカーに置いていく。たぶんこれが、いちばん贅沢な使い方です。
ふだん、「ちょっと待たせてるな」と思いながらお風呂に入っていませんか。ぼくは正直、よく思っています。でも時間が止まっているなら、誰も待たせていないし、何も遅れていません。
罪悪感ゼロのお風呂。それだけで、もう元は取れた気がします。
熱いお湯も、のぼせない
もうひとつ嬉しいのは、のぼせないことです。時間が止まっているので、体の中の時間も進みません。
「あと5分で上がらなアカン」という、あの微妙な我慢比べもなし。足先までじんわり温まったまま、ずっとちょうどいい。
ぼくは大阪の人間なので、お風呂はわりと熱め派です。でも熱めを好きなくせに、すぐのぼせてフラフラになるんですよ。時間が止まった温泉なら、熱めのお湯を心ゆくまで楽しめるはず。これは夢のような話です。
ぼーっとする時間が、ちゃんと「ある」
大人になると、「何もしない時間」を作るのが、意外と難しくなりました。
何もしていないのに、頭の中では、明日の予定や、返していない連絡や、終わっていない仕事がぐるぐる回っている。
でも、時間が止まっているなら、それらは全部「まだ来ない明日」のままです。
湯気の向こうに見える山の輪郭、お湯の表面に落ちる葉っぱ、遠くで鳴っている鳥の声。そういうものを、ただ眺めていられる。
ぼーっとすることが、ようやく「仕事」じゃなくなる気がします。
一日だけ、というのがいい
ここまで書いて気づいたんですが、「一日だけ」という条件が、じつは大事なんだと思います。
もし永遠に止まってしまったら、きっと退屈するし、湯上がりの牛乳も飲めません。
一日だけだから、大切に過ごせる。終わりがあるから、湯気ひとつ、お湯の音ひとつが、愛おしく感じる。
これはたぶん、温泉旅行そのものと同じです。「一泊二日」だからこそ、あんなに記憶に残るんですよね。
湯気から出た瞬間、時間はまた動き出す
そして一日が終わって、湯船から上がる。湯気の外に出た瞬間、時計の針がカチッと動き出す。
頭はすっきりしていて、体はぽかぽか。少しだけ、世界がやさしく見える。
湯上がりの廊下で、風が頬に当たる。冷たい飲み物を片手に、ベンチに座る。
「ああ、今日はええ日やったな」
そんなふうに、ひとりごとが出てきたら最高です。
おわりに
時間は止められません。でも、温泉につかっている間だけは、止まっているみたいに感じる瞬間がありますよね。
あの感覚をもう少しだけ長く味わえたら、と思うのは、きっとぼくだけじゃないはず。
みなさんなら、止まった時間の中で何をしますか?
湯気の中でぼーっとするのか、ひたすら景色を眺めるのか、それとも、ただ眠るのか。
そんな「もしも」を考えるだけでも、ちょっと気持ちがゆるみますね。
今日も一日、おつかれさまでした。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます
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